智恵子抄

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グロキシニア

 南米アマゾン原産

枕頭のグロキシニアはあなたのように黙って咲く。

昭和14年高村光太郎が、亡き人に、という詩の一節に登場します。

知る人ぞ知る、知らない人は知らない、あの有名な、智恵子抄に描いています。

新築祝いにグロキシニアの大鉢をもって訪ねたそうです。すごいと思ったのは

今でこそ簡単に園芸店で購入できるのですが私が若いころ近くのハウスで作っている生産者のお宅で見かけたとき1500円ときいてびっくりしたのです。当時大卒の初任給が15000円ぐらいだったと記憶しています。そんな高価な贈り物をするなんて余程

セレブなかただったのでしょう。この花をみるといつも智恵子抄をおもいだすのです。

とにかく今年5月に購入して一度枯れたのが復活して今朝咲いているのにきがついたのです。見かけより丈夫な花で昨年も越冬して今2鉢つぼみをもっています。

あれが安達太良山、あの光るのが阿武隈川、という詩があって20代のころ安達太良山にのぼりました。遠くで見たときは姿のいい山でしたが頂上は荒涼とした風景だったのをおぼえています。美しいもの?は遠くで見たほうがいいのでしょうか。

わたしが知らなきゃ有名でない、とかああ、あの走れコウタロウ、なんていっている

かたもぜひ智恵子抄をお読みください。究極の愛、とはこのようなものかときっと感動します。くわしいことは新潮文庫智恵子抄で。

 

3連休コロナの影響かお客様がすくないのです。夏が終わり紅葉には早いので10月に期待しています。ちょうど歯が痛くなってきたのですが医院が休みなので我慢しています。だから奥歯にものがはさまったことしかいえません。歯がゆくてしかたがありません。

 

 

 

 

 

ああ、誕生日

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やってきました誕生日、何回かは想像におまかせしますが、もう、という気持ちとまだ、という気持ちが微妙に交差しています。ここまで生きてこられたのも丈夫に育ててくれた両親に感謝の気持ちでいっぱいです。10人兄弟姉妹(11人説もあるのですが)に生まれて東京の空襲、栄養失調と大病で過酷な幼少時をすごしてきましたが神はいつもみまもってくれていたのです。なんていうといかにも信心深いおやじのようですが何の神様を信じるということもないのです。人を信じ、花を愛し、なんといってもお客様の来訪が楽しくて元気づけてくれるのです。かんしゃです。ありがとうございます。体が丈夫なうちは仕事をつづけていきたいとおもっています。人生わずか50年、という時代からいまや100歳時代に、めざそう、100歳、無理かな。

ところで1600年、9月15日は 関ヶ原の戦い、があった日です。西軍有利の陣形と軍勢ながらわずか1日で東軍勝利の決着がつきました。西軍内の裏切り、背信が大きな敗因だといわれます。人間社会の醜さが読み取れます。最近は石田三成が見直されてきたようです。歴史は勝者の記録、といった人がいますが敗者を再見分するのも必要かとおもってしまうのです。  さて永田町ではソウサイの座をめぐって暗闘が繰り広げられているようです。もう桜を見る会で、もり、かけを食べることはないとおもいますができるだけアベないことはやめてクリーンな政治をおねがいします。

 

庭のシンボルツリー、黄金アカシア、マメ科です。花言葉 秘密の恋、気まぐれな恋

アカシアのハチミツとして販売されているのはニセアカシアでアカシアとは別種です。

 

 

永田町番外地

 コロナ騒ぎで暇な毎日(ただし一日だけ団体さんがみえて、神様がバスできたと感謝感激でした。もちろんマスク着用、検温と対策は講じてソシヤルレデスタンス?、ああ舌がもつれてしまう、をおねがいしました。)

好きな時代劇や時代小説をたのしんでいるのですがあまり広言するとIT世代の方から呆れられるのでなるべくだまっています、シー。でもあの義理人情のまたたびものはぐーとくるのです。長谷川伸という劇作家の、瞼の母、一本刀土俵入りはとても、 、こんへんでやめないと、女将さんに、いい加減にしろ、といわれるのです。ところで

国会のある永田町では次期ソウサイをめぐって国民そっちのけで暗闘が続いているようです。メデアも連日とりあげていますが田舎芝居のほうがよほど面白いのでいい加減にしてほしいのです。    にかい、のお客さんがお帰りです、あそう、ですか。どうもすみません。

 

木立ベコニア

ブラジル原産、シュウカイドウ科

玄関前のベコニアが今年はとてもよく咲いています。ベコニアはこれだけで本になるほど種類が多く四季たのしめるのですきな花のひとつです。

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不要不急

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ダブルショックとはこのことをいうのでしょうか。昨日総理が辞任することになりました。完全にいきずまってしまったようです。当然のことながら私にはなんの相談もありませんでした。やはりトップに向く人と黒子が似合う人がいます。国会や政治のことはさておいて、エコーバレースキー場が今期も営業しないと町と観光協会に申し入れがあったそうです。スキー場の近くということで冬季営業してきたのでとても痛手です。(いてーだれだ、足を踏みつけたのは。) 隣にはブランシュスキーリゾート(車10分)があるのでご利用ください。スキーヤーオンリーなのでボーダーは車山かツーインワンをご利用ください。いずれも割引券が発行できます。秋雨前線とかで雨がつづきます。もう少し真夏の太陽がつづいてくれるとよかったのです。雨天を幸いに油絵30号にチャレンジしています。かねてより性格が暗いのになぜ絵は明るいと自問していたのですが今回は我が家の女性評論家が、陰影があってとてもいい、などとのたまわっているのです。このご時世じゃ暗くもなるよ、おばあさんいやおねえさん。

 

 

 

月下美人

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月下美人の花が本年度3回目の開花をしました。はじめてギャラリー

がいない夜の開花でした。夜中におきて(詳しい事情?は省略します)何度も鑑賞しました。一年に一晩だけという神秘的な花なのです。

サボテン科、メキシコの熱帯雨林原産。英語では kueen-of-a-night ,夜の女王。

美人薄命、の語源になった花といわれています。美人と思っている方は薄命にならないようにご自愛ください。

 

お盆が過ぎて高原は静かになりました。コロナ、雨続きという条件にもかかわらず多くのお客様にご来館いただき感謝にたえません。緊急事態宣言から長野県ははずれましたが首都圏からのお客様が大半を占めることからこれからの成り行きはかなり厳しいものがあります。若者へのコロナワクチン接種予約の行列をテレビでみてとても悲しい気分になりました。なにか行政のやることが後手にまわっているとしか思えないのです。

冷房のいらない静かな高原にいると実感がないのですが残暑、コロナと大変な都会の皆様の健康を願ってやみません。

 

長雨

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僕たちの好物はソウセイジ?です。

 

やっと梅雨前線がとうざかったようです。この時期の長雨はめずらしいことです。長野では岡谷市で土砂崩れで犠牲者がでました。ご冥福をおいのりいたします。オリンピック、コロナ、長雨と話題が多くて少し影が薄くなりましたが8月15日は終戦記念日でした。だんだん戦争経験者が減少してきましたが忘れ去られることなく国民皆が記憶にとどめておきたいものです。激しい雨からしとしと雨に変わったときいそがしさに紛れて忘れていたことをおもいだしました。南海の海、熱帯のジャングルに眠る英霊の皆様どうか安らかに。

降る雨は英霊たちのすすり泣き。

 

悪天候にもかかわらず多くのお客様に来ていただき感謝感激雨あられおせんべいです。

なんと幸運というか一日に二組の双生児のかたがみえたのです。創業39年にしてはじめての感動的なシーンでした。やっと太陽が顔をだしました。いったいどこにいっていたのですか。私、雨がきらいなのです。ご幼少のころ雨がふっても学校におむかえなどといったことは皆無でびしょぬれになって帰宅しました。雨雨フレフレ母さんが蛇の目でお迎えうれしいな♪ という童謡はとてもきらいでした。ところが大人になってからは究極の晴れ男で旅行で降られたことがないのです。ヨーロッパに半月、ニュージーランドに半月(本当は10日なのですが年を取ると表現が多少オーバーになるのです。)あちこちの国内旅行に行った時もすべて快晴でした。かみさんいわく、あなた、お天気だけは恵まれているわね、雨には降られないけど彼女には何度も振られたでしょう、 おそれいりました。

 

 

この子らの幸せいつまでも

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8月はあの忌まわしい太平洋戦争が終戦を迎えた月です。広島、長崎に原爆が投下され15日の終戦となったのです。内外300万人の犠牲者がでたといわれています。

3月13日、東京大空襲では10万人が犠牲になりました。4月12日には東京の焼け残ったところが空襲にあいました。私の家も夜中に焼夷弾の直撃をうけて全焼、九死に一生を得たのです。近隣ではずいぶん亡くなられた方がいたようです。両親、兄たちの苦しい記憶を生存中に記録しておきました。幼少の私も戦後の飢餓戦争?で栄養失調で病弱となり学校もおくれました。日本のめざましい復興、発展2度のオリンピックがありましたが多くの犠牲者の御霊を弔うことを忘れてはなりません。あらためて8月は、あやまちはくりかえしません、と国民が誓う月なのです。このブログを目頭をあつくしながら記しています。核兵器廃絶、原爆許すまじ、総理、平和の尊さ本当にお判りですか。

思い出し涙したたる夏の夜。

この夏はコロナ騒動にもかかわらず多くのお客様にいらしていただいています。検温、消毒とお上のお達し道理に実行しています。早く終息してほしいものです。ワクチンを2度すましたわが夫婦は例年より少ない来客にもかかわらずかなりつかれてきました。言いたかないけれど思い切って言えば、年、なのです。でも若いころの元気を思い出してがんばろう。10代のあの頃(いったい何年まえの話?)は、朝は朝星、夜は世星、昼はウメボシをたべて、ああ、すっぱいは成功の元などといいながら朝から晩までがんばったものです。子供たちの花火にはとてもげんきずけられました。この子らの幸せを、いつまでもとねがってやみません。

夏の夜花火にたくす子ら幸。